10/03/2014

小説


ショート・ストーリー
「花物語」セカンド・バージョン
作 Shimizu Hiroyuki

仕事で外回りを始めた頃、お客さんと話す
のが苦手だった。問屋街を歩く仕事だった。
皆、忙しそうにしていて、誰も相手にしてく
れない。私も悪かった。取っ付きにくい性格
というか、愛想笑いも、冗談もうまく言えな
かった。
仕事を始めて数ヶ月しても、慣れなかった。
それでも一人だけ、よく口をきいてくれる人
がいた。老舗の問屋の老人だった。

ある寒い冬の日、他にいくあてもなかった私
は勧められるまま、暖房の前で出されたお茶
を飲んでいた。この老人は昔話を好んだ。
その日も、老人の話に付き合っていた。
日本が戦争に負けて少し経った頃のこと、
ある町に若い恋人同士が幸せな時を過ごして
いたんだ。語り始めた老人の目尻に笑顔が浮
かんだ。
二人が出会った頃、少女は少年に一輪の花を
手渡した。
少年は、はにかみながら その花を受け取っ
た。
二人が待ち合わせるのは、決まって図書館だ
った。
廃墟となったその町で、唯一残った建物だっ
た。
少女はいつも少年に花一輪、手渡した。
いつもの通り、少年は、はにかみながら 受
け取った。
そしていつもの通り、二人して図書館の中を
散歩した。
いつも決まって二人が行くのはある棚の前だ
った。
上から三段目、右端の中ごろに 一冊の本が
あった。
素敵な表紙の絵本だった。
二人は、決まって椅子に腰掛け、同じページ
をみつめた。
楽しいひとときが終わると、少年は図書館の
前で、少女と別れた。
少年の住んでいたのは、バラックに毛のはえ
たようなみすぼらしい所だった。
その部屋に少女からもらった花を持ち帰ると、
部屋は生き返った。
不思議な事に、少女からもらった花は、どの
花も枯れなかった。
デートを重ねるごとに、少年の部屋の花も増
えてゆく。
部屋中、花だらけになり、明るくなった。
あるとき少女が言った。
「もし花が枯れるようなことがあったら、お
水をあげてね」
少年は、こっくり うなずいた。
しばらくすると、少年は少女と会うことが出
来なくなった。
間もなく、少女が病気になったことを知った。
その日、家に帰ると、部屋中の花が枯れ始め
た。
少年は、少女との約束どおり、花に水をやっ
た。
会えなくなった少年は、淋しくて、いつもの
通り、図書館に行った。
あの棚の前に立った。
二人で座った椅子をみつめていた。
ふと、少年は、その本を借りることにした。
生まれて初めて図書館で本を借りた。
いつものように花に水をやり、部屋の片隅に
座ってその本のページをめくった。
少女がいない淋しさを紛らわすように、少年
は、その本を口に出して読み始めた。
つっかえ、つっかえだったが、そうしている

少女と一緒にいるような気持ちになった。
しばらくして、水をいくらやっても 枯れた
ままだった花がまた咲き始めた。
少年は何度も その部屋の片隅で、声を出し
て本を読んだ。
花も次第に元にもどっていった。
しばらくして、少女が退院したことを知った。
図書館に行って見ると、外で少女が立ってい
た。
手には、一輪の花。
少女はいつものように少年に花一輪渡した。
「たくさんのお水をありがとうね」
少女がそういうと、少年は こっくりとうな
ずいた。
話が終わると顔をしわくちゃにして、その人
は笑った。僕たちの間にあったテーブルの湯
呑茶碗はからからになっていた。

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