6/09/2015

「ハンカチ」

ツレが胃カメラを飲んだ。
例の麻酔ゼエリィを喉に溜めた時。
むせて、涙が出てきた。
目を上に向けたまま、手を伸ばして何かを訴えている。
あ、ハンカチか。どこにあるのかな。
ポケットから私のヨレヨレのハンカチを差し出した。
受け取って今、使っている。

鮮やかに思い出した。
緩和ケアのホテルのような一室。
母一人に二人の担当看護師さんがいた。
一緒に寝泊まりしてた頃。
ベットに寄り添っていると、
むせたらしい。
私のハンカチを手に持たそうとしたら、
イヤイヤをした。
たぶん、息子のハンカチの「不衛生」な使い方を長年見ているからだろう。
様子を見ていた若い看護師さんの柔らかい笑顔に部屋が包まれ、清潔なタオルが来た。

一月ほどして、彼女たちから封書が届いた。
手書きで、気遣いの言葉が並んでいた。
残された家族のためのカンファレンスもあると書いてあった。
つい昨日のことのように、今もこの胸にある。
それが、こんな具合に出てくるのか。

ときどきツレに聞いてしまうことがある。
決まって憂鬱な気分な時に、ハンカチのように出てくる。

初めから家族でもない。親戚でもない。
なのに彼女は、なぜ、ここに居るのかな。
とても不思議でならない。
「俺のこと、好きなのか?」
「そうでなかったら、一緒にいないよ」
当たり前か。

ただ一つ確かなのは、不思議だなあというその感覚。
それと、嬉しいという感情。

ぼんやりとした頭の片隅で。こんな文章は  きっと有罪判決の時には、
有力な証拠品になるんだろうなあと思う。

だけど、きっとそのうち、こんな気分は、蒸発して無くなるんだろうな。
どうしてって、流れる時は、蒸発しながら熟成してゆくのだろうから。

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